第一話『桜祭り』―2―





 異変が起こったのはこの時だった。
 突然、あたりに真っ白な霧が立ち込め、視界が利かなくなった。

「な、何なんだこの霧は…っ」
「一体どこから……」

 あせればあせるほど、ますます訳がわからなくなってくる。それでも、なお立ち込める付ける霧のせいで息苦しくなってきた。その上、周囲の人と完全に切り離されたように聴覚までもが異常を示した。

「な、何だあれは?!」

 ブルースの声に皆がはっと振り向く。
 それを待ちわびていたかのように、霧の中に道ができた。まるで、意思を持っているかのごとく霧が動いたのだ。そこに、ゆっくりと姿を現したのは、闇だった。黒く、邪(よこしま)なものそのものだった。
 ただ、そうとしか表現できなかった。闇は、それが自分達に近づくだけで、自分達もそれに取り込まれてしまいそうな暗いオーラを放っている。

「ククク……見ツケタゾ、巫女ヨ」
「おお、ブルースより笑い声が棒読みのヤツがいたな」
「……あんなのと一緒にしないでよ」
「あんた達っ! んな事言っている場合じゃないでしょうが」

 マゼンダが、キッと睨む。

「わかってる」

 ファリアの前に出る。
 す、と剣の柄に手をかけた。ちらりと様子を伺うと、残りの2人も戦闘態勢に入っているようだ。

「――お前は一体何者だ?」
「巫女って何よ?!」

 ソレは答えなかった。
 ただ、威圧的に笑っただけ。

「マサカ、コンナ所ニイタトハナ。ドウリデ見ツカラヌワケダ。コザカシイ事ヲスル……」

 ブロント達の方に一瞥をくれる。

「無駄ナコトヲ。……巫女ヨ、我ト共ニ来ルガ良イ」

 ソレは不気味な呪文を唱えた。
 あっという間もなくファリアの身体がふわりと持ち上がった。そして、すっぽりと漆黒の玉に吸い込まれていった。

「え……?」

 一瞬、何が起こったのかわからなかった。

「ファリア!」

 ブロントが叫ぶ。慌てて、玉に駆け寄るも、玉の周りに張り巡らせてある障壁に阻まれた。ブルースは、何も言わず、笑っているらしいソレに向かって矢を射た。
 しかし、矢は、ソレの身体を突き抜けて飛んでいった。

「な……」
「まさか……実体じゃないの……?」

 ソレはクツクツと笑う。

「今更気ガ付イタトコロデ遅イワ」

 ソレは、また呪文を唱えた。ぞくりと背筋が寒くなる妖気がブロント達の横を駆け抜けていった。
 続いて、ドーン、と凄まじい音が響く。桜に雷が落ちたのだ。稲妻の光に照らされて桜が、霧の中であるにもかかわらず、鮮やかに浮かび上がった。桜は、炎を上げて燃え上がった。
 あちこちで、悲鳴が上がるのが、ひどく遠くに聞こえた。

「嘘…………」
「フム、ソロソロ潮時カ。デハ、サラバダ、愚カナ人間ヨ」

 ソレは、何の感情もなくそう言うと、ファリアと共に姿を消した。


 ソレが居なくなると、霧は晴れていった。でも、それと共に燃えている桜が嫌でも目に入ってくる。ブロント達の周りもすでに火の海だった。

「は、早く逃げないと……」
「どうやって逃げるか……」

 冷静になろうとしても、気ばかりが焦る。
 逃げなければならない事はわかっているが、身体が動かない。

「う〜ん……変だな……」
「は? ちょっと、ブロント何言ってるのよ? ファリアが消えて錯乱しているの?」

 マゼンダがいらいらと眉をしかめた。ブルースは、正気に返れよ〜、と言いながら、がくがくとブロントを揺さぶる。それらを全く意に介せずに、ブロントはポン、と手を打った。

「ああ……そうか。よし、このまま街道に向かって突っ切るぞ!」
「ええっ?!」
「んな、無茶な……。ブロント、お前、自分が何言ってるかちゃんと分かってるのか?」

 本当に錯乱してるんじゃないだろうな? と怪訝な眼を向けてくる二人にブロントはムッとした。

「分かっているに決まってるだろ。俺はこの上なく正気だ。……とにかく説明は後だ。行くぞ!」

 ブロントは、相変わらずきょとんとしている二人を引きずりながら、炎の中を突っ切っていった。

「きゃあ〜! ……って、燃え移ってこない?! 何で?」
「俺が知るか! てか、自力で走れ!」
「はぁ? ワケわかんないわよ。もう!」

 3人は、燃え盛る炎の中を駆け抜けているのだが、火傷をすることはなかった。
 ――しばらく走っていると、無事に町の外へ出る事が出来た。また、幸いなことに、ラグーナは、高い石の壁で囲まれている。そのため、炎が街道に移ることはなかった。すでに街道には多くの人が避難していた。よくコレだけの人が町にいたものだ、と妙な感心をしながら、死者が出ていないことを祈った。

「さぁ、ブロント。どういう事か説明してもらおうかしら?」
「いや、マゼンダ。先に町の人の安全確認をした方が良い。救助も手伝えるかもしれないし」

 問い詰めるマゼンダをブルースが止めた。

「……そうね」
「まず、ルブラン町長の所へ行って被害状況を確認しよう」
「わかったわ。じゃ、ブルース、行ってらっしゃ〜い」
「行ってらっしゃい、って……」
「別にわざわざ3人で行く必要もないじゃない」

 あからさまに戸惑ったブルースにマゼンダは視線で促した。
 ブルースがそっちの方に眼をやると、ぼんやりと炎を見ているブロントがいた。

「――わかった。行ってくるよ」

 ブルースが立ち去った後も、ブロントはじっと燃える街を見つめていた。
 彼の中では、ある決意が固まりつつあった。

 ブルースはルブラン町長の元へたどり着いた。

「町長さん。被害の状況はどうなっているんですか?」
「おお……ブルース君か。見てのとおり、町は全滅した。が、しかし、町の者は皆無事だ。
で、今は旅行者の無事を確認している所だが、なんせ桜祭りのため普段よりも観光客が多い。
果たして全員無事かどうか……」

 力なく首を振るルブランにブルースは何といって良いものかわからなくなった。

「あの、僕達で何か手伝えることはありますか?」
「気持ちは嬉しいが、もう日が暮れかかっている。それに、カーティス村にもこの火事の事は伝わっているだろう。
君達の親も心配しているだろうから、早く帰りなさい」
「分かりました。では、失礼します」

 ぺこりと一礼して立ち去ろうとした。
 その後ろに声がかかった。

「気をつけて帰るんだぞ。……せっかくの祭りがこんな事になってしまって、申し訳なかったね」
「町長さんのせいではありませんよ……こっちこそ、何も出来なくてすみません」
「ありがとう。君達も無事で本当に良かった。
 ……ああ、そうだ、ファリア君にも礼を言っておいてほしい。怪我を回復してくれていたおかげで、火事の被害が随分と減った」
「……………………」


 ちょうどその時、彼の秘書がやってきて、ルブランに報告し出したので、ブルースの沈黙は追求されなかった。ブルースは、ファリアの事を説明しなくて済んだので、ほっとしていた。そのことは、説明するには重過ぎるものだったから。ブルースは、足早にその場を立ち去った。
 ブルースが戻ると、マゼンダは待ち構えていて、性急に訊ねた。

「ねぇ、町長さんはなんて言ったの?」
「村の皆が心配しているだろうから早く帰れって……」
「それだけ?」
「それだけ」
「なら、帰ろっか……ねぇ、ブロント、聞いてた?」
「え……あ、ああ。じいさんにもちゃんと報告しないとな」

 頭では分かっていても、理性が追いつかない。どこか不安定さを残したまま、彼らは家路についた。





 三人が村に帰る前に、日は暮れてしまった。
 銀の砂子をまいたような星が空を覆い尽くしている。今日は新月。月の姿が見えないのも、星が良く見える理由の一つになっているのだろう。
 道中、三人はずっと押し黙ったままだった。足取りが重く、雰囲気も暗いのは決して周囲が暗いからという訳ではあるまい。
 カーティス村に着いたとき、村は奇妙なほど静まりかえっていた。もちろん、まだ、ラグーナから帰ってきていない人もいるのだろう。けれども、外には誰一人いなかった。

「――もっと大騒ぎになってるかと思ったけど……」
 
 意外そうにマゼンダが首を捻った。

「まだ、事件の事が伝わってないのかもしれないよ」
「……だとしても、こんなに遅くてなったのに心配しないなんて、まったく呑気なものよね」

 マゼンダは、他にも何かブツブツ言っていたが、それでも、どこかホッとしているように見えた。聞かれても、答えられない。自分達ですら、今日起きた事がまだ納得できないから。
 そんな思いを抱えながら、三人は村の入り口で別れを告げると、それぞれの家へ帰っていった。





<あとがき>
 とりあえず、第一話『桜祭り』はこれで完結です。
 ……長い割りにゲーム中のキャラが、まだ三人しか出ていません。
 それ以前に旅立ってすらいない……;
 完結するのはいつのことになるのやら。

 この小説は随分前に書いていたものの加筆・修正した復刻板です。
(現行ログ総消え以前の番号で1251でしたから……ぎりぎりまで皆様が上げて残してくださっていたとは言えかなり古いです;
その上、ほとんどが加筆ってどうよ……)
 いろいろ一段落したので、以前ほどお待たせする事はないハズです(ぉぃ
 内容をそう大きく変更するつもりはありませんが、1年以上のブランクによるストーリーの変動の都合上、多少の変更点があることはご了承下さいませ。
 では、これからもお付き合いよろしくお願いします。

                             2006年4月20日 掲載

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