間話『望』
「……良い仲間を持ったな、ブロントよ」
支えてくれるものがいるのといないのとでは天と地ほども差がある。良い仲間を持てること、それはどれほどの幸福であるか。彼はまだ自覚していないかもしれないけれど。
「お前がちゃんと成すべき事を終えて戻ってくるのを待っておるぞ」
自分にできることはもう全てやった。彼らのためにしてやれる事は、信じる事、そして帰ってくる場所を作ってやっておく事。その後はただ待つだけだ。どんなに焦れたところで、それだけしかできない。
彼は、強い意志とあきらめずに物事に対峙する力、そして判断力。どれも思ったとおりに成長してくれた。――むしろ、期待以上ともいえる。
「レィミエル様」
来た、か。一瞬、瞑目すると、彼は振り向いた。
そこに立っていたのは壮年の男。
「とりあえず、ちゃんと役目は果たしましたよ」
「うむ……しかし、金を取ったのじゃろう?」
彼に依頼したのは、彼らの助けとなるものを手に入れ、渡す事。
「――じゃないと逆に怪しまれるじゃないですか。それでもかなり安くしましたよ?」
「しかし、それを懐に入れたじゃろうが?」
「……それくらい良いじゃないですか。報酬ですよ、正当報酬。手に入れるのにも苦労したんですから」
男はむくれて言った。この時が来るのを見越して依頼した職なのに、すっかり商人に染まってしまっているようだ。おもわず、苦笑が浮かびそうになる口元を慌てて引き締めた。
「……そんなに心配なさらずとも彼らは大丈夫ですよ」
何が大切なのかと言うことをきちんと見極められるから。それさえ見誤らなければやり遂げるだけの力は十分にあるはずなのだ。
「そうじゃな」
今更、心配したところで何も変わらない。
「お前も……しっかり役目を果たしてくるんじゃぞ」
そして、ちゃんと帰ってくること。これだけは断じて守ってもらわなければならないことだ。少しくらいは失敗しても良い。でも、命だけは決してなくすことは許さない。
「ええ。わかっていますよ――ああ、それと。連絡も取れました」
「うむ」
「行動に出るのが遅いと責められましたよ」
やれやれ、と男は首を振った。
「人の苦労も知らずに言ってくれましてね」
「――相変わらずのようじゃの」
「ええ。ぜんっぜん進歩がありません」
そう。何の変化もないのだ。たった一つのことをのぞいては。
「だが、わしにしては早いくらいじゃが」
男は、ゆっくりと眼を瞬かせた。そして、破顔する。
「奴に言っておきますよ――私だけ責められるのは割に合わない」
「ほっほ。相変わらず過保護だの何だの言われそうじゃがな」
「違いない」
丘の上を柔らかな風がなでて行く。若葉が花がゆうるり揺らいで何かを、もう現れない子供たちをずっと待っているように見えた。
穏やかな時間はもう終わりだ。たとえ、それをどれほど惜しんでも、もはや子供たちの笑い声が響く事は無い。
「――では、明朝発ちます。別に見送りはいりませんから」
「気をつけてな」
ぽつり、と一言。それだけで十分だった。
男は、ひらり、と手を振って立ち去った。
2006年5月1日 掲載
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