第三話『鍛冶の街』―1―






「う〜ん、今日も良い天気になりそうね〜」

 ぐぅー、っと伸びをしながらさっさと歩いているマゼンダは、緊張と言う言葉とは無縁だった。まぁ、確かに今緊張したところでどうにもならないものなのだが。ブロントも、重圧から少し逃れられた気がして。思わず―照れ隠しの意味も含めて苦笑にも似たものだったが―微笑が浮かんだ。

「お〜い、マゼンダ。1人で行ったら危ないよ〜……って聞いてるわけないか」

 やれやれと首を振るブルースとは裏腹に、マゼンダは勢い良く手を振ってきた。ぴょこぴょこ飛び跳ねているさまは昔とまったく変わりない。

「ほらほら、早く〜」
「仕方ない。急ぐぞ」
「急ぐぞって……だったら少しは荷物を持ってよ!」
「持ってるだろーが」

 ブロントは、くるりと振り返って手に持った荷物を振り回した。確かに、絶対量は違うが、持っている事は持っている。

「量が違う!」
「じゃんけんに負けたのはブルースだろ。……もうちょっと行ったらまたじゃんけんしてやるからそれまで頑張れ」
「僕がじゃんけんに弱いって知ってやるのは不公平だぞ」

 何とか追いついて、2人をにらむ。鬼ごっこでもかくれんぼでも、誰よりも多く鬼をやった覚えがある。今は平坦な道ばかりなのでそこまで大変ではないが、この調子では先が思いやられる。

「あのねぇ、ブルース。じゃんけんに不公平は無いと思うけど? たまたまよ。たまたま」

 ひらひらと手を振るマゼンダをブルースはじっとり眺めた。

「……マゼンダはじゃんけんに参加してないじゃないか」
「あら、か弱い女の子に荷物をこれ以上持たせようって言うの?」

 マゼンダのどこがか弱いんだ。一瞬、2人は突っ込みたくなったが、やめた。彼女を怒らせるのは余り懸命ではない。

「まぁ、頑張れ、ブルース」

 ぽん、とブロントは肩を叩いた。

「……そう思うなら手伝ってよ」
「いずれな」
「何て友達甲斐のない……」
「はは、そんなに喜んでもらえるなんて恐縮だな」
「いや、どう考えても喜んで無いだろ、これは」

 がくり、とうなだれたブルースを尻目に、マゼンダはパンッと手を叩いた。

「はいはい。漫才はそこまでね。――ね、どの道を行くの?」

 別に漫才をやっているつもりはないのだが。いまだぶつぶつ行っているブルースを放っておく事にしてブロントは道標を見た。
 マゼンダが立ち止まったそこは十字路であった。ブロント達は南から来たのだが、ここから更に北の方へ進むとラグーナへ、西の方に進むと色々と分岐点はあるが、大きい街道を行くと首都ファレイヤ、東のほうへ進むとクルダに着く。

「ああ、まずはクルダに向かおうと思っている。だから東だな」
「クルダって鍛冶の街として有名なところよね。――武具でも買うの?」
「いや、その予定はない」
「何故?」
「金が無い。あそこの武器は質が良い分高いからな」

 なるほど、と2人は神妙に頷いた。それに、今持っている武器でも今のところ十分に対応できているから問題も無い。

「そうだね。ここから直接ファレイヤまで行くよりもクルダで一泊するのが得策か」
「ファレイヤまで235ラピカ……確かに一日で歩くのは無理か。クルダの122ラピカでもきついのに……」

 1ラピカは約500m程である。クルダまでで約60km。ファレイヤにいたっては120km近くあるのだから、流石に徒歩での一日の行程としては無理がありすぎる。クルダでさえ、魔獣が少ないファーレンであるからこそぎりぎり行ける距離であるのだ。










 クルダに到着すると、3人はまず宿に向かった。思いのほか安くでいい所に泊まれそうで、ホッとする。これなら十分疲れも取れそうだ。
 その晩、彼らはすぐさま夢も見ない眠りに落ちていった。
 次の日の朝食時。黙々と平らげていたところにマゼンダが口火を切った。

「ねぇ、まさか今日出発するとかはないわよね?」
「そりゃあな。無理はするもんじゃないし」

 あからさまにホッとした様子のマゼンダに苦笑しつつ、ブロントは席を立った。

「ん〜、じゃあ俺はこれから少し街を見てくるかな」

 折角の機会だ。見聞を広げるチャンスをふいにすることはあるまい。
 ブロントは、どうする? と視線で問いかけた。

「あ、僕も行くよ」
「私はまだ疲れが取れないからここで休んでるわ」

 楽しんできてね〜、とひらひら手を振るマゼンダを後にして、2人は街に繰り出した。







「……とは言うものの、観光名所とかはまったく知らないからな……」
「そうだね。やっぱり、行くとなればあそこくらいしか……」
「――だな」

 さまざまな工芸品があふれる街だとは言っても、装飾品には興味はないし、機械仕掛けは見てもさっぱりわからない、となると、おのずと行く場所は限られてくる。ブロントとブルースはまっすぐに武器屋に向かった。

「――やっぱり、高いなぁ」

 ぴったりと手に馴染むように見事な彫刻が施されているミスリルの弓を手にとって、(つる)をピンと指ではじく。その、優美なラインといい重さといい、自分が使っている弓とは段違いに素晴らしい。

「そうだな」

 ブロントの方もミスリル製のものに目を奪われているようだ。最も、こっちは手に取ることさえせず、ただじっと魅入られたように眺めているだけだったが。

「これでも安い方なんだがな」

 鍛冶屋の無い普通の武器屋で買おうとすると、倍近くはする。特に、需要の増えてきた最近ではますます手に入れるのが難しくなっているのは確かだ。何せ、材料のミスリル自体の量が限られているのだから。 
 しかし、たとえ手に入らなくとも、見ているだけでも素晴らしい。もはや芸術品の域まで高められた武器を2人は心ゆくまで堪能していた。

「さてと、そろそろ宿に戻るか」

 そろそろ昼食の時間だ。マゼンダも待ちくたびれているかもしれない。

「そうだね。お腹がすきすぎて暴れだしてもいけないし」
「……さすがにそれはないだろうけどな……」

 完全にありえないと否定できないのがイタイ。一瞬想像したらしく、ぶるりと震えたブロントの肩にブルースが手を置いた。

「何が一番怖いって、このことが知られることだと思うけどね」

 こんな会話がマゼンダに知られたら想像以上の悲劇が待ち受けているのは確かだ。ブロントは深くうなずいた。
 そうして、二人が歩き出したその時。




 ドオォォォン




 辺りが揺らぎ、轟音が響いた。

「な……何だ? 地震か?」
「まさか……あっちのほうから聞こえてきたみたいだね」

 狩りで鍛えているブルースの耳は普通の人間よりも遥かに良い。あちこちに反響していたにも関わらず、きちんと対象を捕らえきっていたらしい。ブロントはまっすぐに駆け出した。

「行くの?」
「当然だろ」

 ブルースの指した方角は宿の方だった。大丈夫だとは思うが、不安が残るのはいたしかたがないと言うところだろう。
 宿の前では人々がざわめきひしめきあっていた。しかし、別段、変わったことはない。おそらく、人々が見ている方向――いかにも『関係者以外立ち入り禁止』な雰囲気が満ち溢れているところが問題なのだろう。

「ブロント! ブルース!」

 マゼンダが走り寄ってきた。

「マゼンダ……一体何が起こったんだ?」
「さぁね。でも、何かの爆発じゃないか、って街の人は言っているわ」
「爆発? 爆発するようなものがあるのかい?」
「あそこは主に鉱物の精製を行うところなんですって。だから、炉に何か問題が起きた可能性はあるそうよ」

 とりあえず、憶測を話し合っているだけでは埒が明かない。やめておいたほうが良い、と忠告してくれる人たちに感謝をしつつも、3人は轟音が起こった方へ向かった。

「……物好きもここに極まれりって感じだけどね……」

 ぽつり、ブルースが呟いた言葉には苦笑するより他なかった。

「まぁ、いいさ。何かできることがあるかもしれないし、何事も経験だ」
「ただの野次馬なんじゃないか、っていうのはこの際考えないことにするわ……」

 どことなく遠くをみつめる瞳で言った言葉がゆるりと風に流れて消えた。



「……この辺りか?」
「だと思う……?! あそこに人が倒れてる!」

 ぐったりとしているのは入り口を見張っている兵士のようだった。息はある。少しほっとしながらブロントは辺りを見回した。爆発が起こったような臭いや炎は見られない。ざわり、と胸がざわめいた。さっきの音はひょっとしたら、この兵士が倒された時のものなのだろうか。

「大丈夫か?」

 せめて、回復の杖でも持っていれば良いのだが、生憎持っていない。少しの逡巡の後、腰に下げていた水筒の水をあてがい、意識が回復してくれることを祈った。

「ぁ……うぅ……」

 ぼんやりとした瞳が宙に舞う。それでも、少しすれば少しずつ焦点があってきたらしく、彼は言った。

「中に……おかしな奴らが……」

 何とかしてくれ、と縋る眼にブロントたちは目を見交わせた。ここまで来て引き返すことはできまい。兵士が何とか意識を保っていれるようになったことを確認して、3人はそっと中に忍び込んだ。

「これで何もなかったら犯罪だよな……」

 ブロントがぼやく。

「あれだけのコトがあって何もない、って言うのなら事件なんてこの世に存在しないって」
「暢気な事言ってる場合じゃないでしょ。ほら、静かに」

 先頭を歩いていたマゼンダが唇の前に指を一本立てて睨んだ。これで緊張ほぐしはできた。さあ、後はなるようになれ、だ。



                             2006年5月22日 掲載

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