〔雲隠れにし 夜半の月〕
少なくとも、険悪なのは自分のせいではない。
なだめるような口調は逆に不愉快だ。
「ねえ、ブロント」
マゼンダは今の気分を隠そうともしない。
「別に私、テミが嫌なんて言ってないわよ」
「なら仲良くしてくれよ、マゼンダ」
弱り切ったブロントの声にも、マゼンダは肩をすくめるだけだった。
水と油という言葉はテミとマゼンダのためにあるように思えた。
生真面目なテミと、おてんばなマゼンダ。
自然の変化を神の御業と主張する僧侶と自然を自らの力とする魔法使い。
2人の感覚は、これでもかと対極にある。
「自分の信じてる事が間違ってるって証明されたからって、私に当たらないで欲しいわ」
マゼンダは、ふんと鼻を鳴らす。
「あなたの魔法は、わたくしの間違いとなるわけではございません」
テミはつんとする。
「自然は神様と共にあるものでございます。
あなたが神様を恐れぬなら、身の程知らずですわね」
互いにそっぽを向いて終わる。
そもそも魔法学校の主席だったのがまずかった、とマゼンダは思う。
魔物が国を荒らすようになり、様々な技に秀でた者が集められた。
魔王討伐。
そんな使命がなければテミと会わずに済んだのに。
リーダーのブロントはじめ少年達ばかりの中、唯一の同性と1番気が合わない。
最悪だ。
ところが、さらに悪い事が発生した。
あって欲しくないことほど起こるものだ。
最寄りの村に行く途中、ブロント達とはぐれてしまった。
1人ならまだましだが、2人だった。
テミと深く関わらざるを得ない状況に追い込まれた。
マゼンダは舌打ちをした。
「舌打ちなんて下品な」
テミが顔をしかめた。
「文句言う暇あったらブロント達を探す方法考えて」
「舌打ちの暇もないですわね」
嫌味を返すとテミは周囲を見回した。
山中ということもあり、薄暗い。
おまけに今日は曇天、太陽で方向をつかむことが出来ない。
「どうしたものかしらね」
自分に向かって呟いた。
「祈りなさいな」
テミの言葉に唖然とする。
「ただでさえ時間ないってわかってる!?
もうすぐ夕方よ!」
「愚かな考えは何もしないより酷うございます」
テミは落ち着いて言い切り、目を閉じる。
渋々、マゼンダも倣って手を組み、瞼を下ろす。
(あれ?)
妙に落ち着いてきた。
さっきまで怖かったのに。
だが、テミが正しいと認めるのは癪なので黙っていた。
「心が静まりますでしょ」
勝ち誇ったようにテミは言った。
「隠しても無駄です、様子が変わった事はわかりますわ」
「それだけ鋭いなら」
マゼンダは高飛車に返す。
「敵に会わない場所も感じてよ」
言ってから、テミの指摘が正しいのを暗に示したと気付いた。
テミは無言で勝利の笑顔を見せ
「早く皆を探さなくては」
と言うのすら嬉しげだった。
敵には会わずに済んだが、仲間にも会えなかった。
夜になり、気温が下がって来た。
ぶるっと身震いすると、マゼンダは宣言した。
「野宿しなきゃ」
「何故です」
テミは、きっと顔を上げた。
「歩き続けた方が体温が下がらないはずです」
「火の横にいたら平気よ」
「火起こしだけで凍えます・・・」
言いかけてテミは後ずさった。
「貴方、まさか、わたくしの目の前で魔法を・・・」
「今更、何」
マゼンダは構わず薪を集め始めた。
「今更ではございません」
テミはマゼンダの腕を掴む。
「普段は、仲間を守るためです。
今は自分自身のため・・・大それた行為にも程がございます」
「神が凍え死ねって?
私は従う気ない」
呪文を唱えて火を点けた。
「そんなの加護って言わない」
しかしテミは頑固に顔をしかめ、焚き火に当たろうとしない。
歯をガチガチ言わせているのに。
「・・・意地張ってないで来なさいよ」
テミは呼びかけに渋々応じた。
「これで大丈夫」
「何がです」
マゼンダのにまにま顔に、テミの眉間が深くなる。
「これで『テミのため』に魔法使った事になる」
「わたくしは頼んでは・・・!」
テミは唖然として叫ぶ。
「正直になってよ、寒くて死にそうだったでしょ」
マゼンダの言葉に、テミは唇を噛む。
「わたくしのおかげで貴方に裁きが下るなんて、ごめんです」
「やだ、そんな心配してたわけ?」
偽善的、潔癖症、それとも心配症?
マゼンダは呆れたが、テミの真顔に強い言葉を飲み込んだ。
「大丈夫、テミのせいにはしない」
「貴方がよくても私が嫌です」
意外にもテミは彼女なりに心配している。
「大丈夫、神様ならテミが嫌がる事しないと思う。
テミが大事にしてるんだから向こうだって・・・」
「神様と人は対等と言えない・・・」
言いかけ、テミは口調を切り替えた。
「正しいかはともかく、お気遣いには感謝します」
「その言葉、そのまま返す」
2人はそれきり無言になった。
落ち着かず、マゼンダはテミがしているであろうように祈ってみた。
凍死も恐怖による心臓発作も免れた、とマゼンダは思った。
前日の放浪が何だったかと思うほど、その朝は呆気なかった。
「祈りが通じたようです」
テミの言葉に僅かな反発も覚えなかった。
「探したよ」
ブロント達が心配そうに走って来た。
「大丈夫、喧嘩しなかったから」
答えて、それだけでは済まないと思った。
「テミがいたから心強かったし」
ブロントは信じられないという顔をした。
「わたくしも1人でなくて救われました」
後ろからのテミの言葉に、さらに周囲は目を丸くした。
テミを好きになったわけではない。
向こうとて同じだろう。
だが彼女の美点は、きっと誰よりも自分がわかっている。
彼女のよさを感じることは、見えたと思ったら雲に覆われた、その夜の月のように少ない。
だが、そこに光が存在すると、マゼンダは確かに知っていた。
巡り逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲隠れにし 夜半の月かな
今回のリク:「巡り逢ひて」でマゼンダとテミの友情物。
RUNAさんから頂いたリクですが・・・友情・・・??(大汗)
頭の中には「悪人礼賛」という、昔に教科書で読んだエッセイがありまして。
その中に「どうしようもない奴と思っているが、ある1点だけは評価しているのが最も厚い友情」という主張があるんですね。
うん、ある意味、言えてるんじゃないかなー、と私は思うわけです。
だって、嫌いなのに評価してると言うのは、1番純粋に曇りなく長所を認めてるってことですから。
そういうわけで、こんな展開になってしまった今回の歌は、57番、紫式部の
巡り逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲隠れにし 夜半の月かな
(巡り会って、昔見たそれと、はっきりわからぬ間に雲に隠れてしまった夜半の月よ、そんな風に帰ってしまった人よ)
ですが、これの表の意味である月の部分と人間の長所をかけてみました。
えー、例によって返品可というか、遅い上に変な友情でごめんなさいです。
双子星様より。
リクエストしても良いよ、というお言葉に甘えてお願いしたら、こんな素晴らしいお話を頂いてしまいました。
(そのお礼、のお話はまだできてなかったりする……申し訳ないです。現在、猛スピードで執筆中です)
巡り逢ひて、の和歌は昔から好きだった歌です。
それで、どんなお話ができるのかなぁ、とワクワクして待っていたら、これまた素敵なストーリーが!
私の場合だと、ストーリーと立てたらキャラが立たず、キャラを立てたらストーリーがたたず、なにやらちぐはぐ〜な雰囲気になってしまうことが多いのですが、和歌を軸にして、人の感情とストーリーを見事に絡めてあるその様にもううっとり。
どことなく意地を張り合っているようにも見える二人がかわゆいです。
アップ許可をいただき、ありがとうございます。それなのに、実際に上げるのが遅くなってしまって申し訳ないです(汗)
素敵なお話、どうもありがとうございました!
2007年2月7日 転載
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