〔その奥に〕







 陽光はそれを遮る雲一つ無い蒼天の中、見た事の無いほどに輝いている。澄み切った空、澄み切った海面は見渡す限りの蒼で、波打つ潮の香り、爽やかな微風に誘われて、砂浜は白く、反射光は目を刺す。しかし、それが目にとってのストレスになる事はなく、海という入り江の背にある新緑の山々はその世界に色彩のコントラストを与えていた。新緑の世界からは、ミンミンゼミ、ツクツクボーシの声が、清々と響き渡り、ざわざわと葉の擦れ合う音との共演、自然のオーケストラが熱を遮断していた。

「う〜ん、気持ちいい」

 大きく深呼吸をして、その甘い空気を目一杯味わった赤毛のツインテール、マゼンダはそれを全身をもって表現しているようだ。明るい性格で、人望も厚く、まさに社交的な人物であるマゼンダは、しかし、その活発さをもって時に恐怖にさえなり得る。

「ってか、何であんたがいるわけ?」

 と、指の先にいるのは金髪の少年、ブロントである。澄んだマゼンダの、その青白の眼光に圧されたブロント。一瞬、彼の髪とは対照的なその黒の瞳は泳いだ。

「元々は私はテミと二人で来るはずだったのよ」

「なっ、良いじゃねぇか、なぁテミ」

 一気に捲し立てられたブロントはもう一人の金髪の少女、テミに救いを求めた。テミはそのブラウンの澄んだ眼を細め、ただ微笑むだけで、二人とは対照的に静かであった。その微笑みの意味は肯定なのか、果てはこのいつもと変わらない光景に対して微笑んだだけか。いずれにしても、その笑顔の中に否定の意志は存在しなかったであろう。その、おっとりしすぎているとも言える、その静かで優しい性格が、彼ら三人を見事に中和しているようであった。
 小さい頃からいつも三人でいた彼ら。口で言う事とは裏腹に、マゼンダはこの風景が心地よかった。そのまま、失笑を誘われたマゼンダにつられ、ブロントもまた笑い、そしてその場は再び落ち着きを取り戻す。ひとまず笑い終えた彼らはその風を、潮風を全身で感じ、蒼穹に精神を投げ入れた。



 どれだけ時間がたっただろうか。いや、おそらくは数秒とたってはいないはずだし、またそうなのであろう。その場の静寂が時の感覚を麻痺させた、そんな事は良くある話で、だからこそ一瞬、寝ていたのではないかという錯覚を起こさせられたのであろう。そのようにマゼンダは感じた。
 ブロントの「なぁ」と言う一言で浮遊していた感覚をたたき起こされたマゼンダは、しかし、すぐにその指さす方向を眺めた。

「あれ、なんだと思う?」

 その先に見えたのは垂直とも言えそうな角度で海に入射する、所謂崖と呼ばれる物の土手っ腹に開いている比較的大きな黒であった。洞窟だろうか。入り組んだ入り江の崖にあるその黒は知覚するのが精一杯で、具体的な答えを求めるにはあまりにも根拠に乏しかった。まぁ、十中八九洞窟であることに疑いは無いだろうと内心に思いながら、その旺盛な好奇心を擽られたブロントの提案で、彼らはその黒に向かうのであった。



 その海岸線は予想以上に険しく、平らかな砂浜のすぐ隣であることを忘れさせられそうな程であったが、それでも、岩礁に当たる波の香りは、浜辺とはまた別の味であった。徐々に近づいてくる黒は、しかし、その姿を完全に露わにはしない深い闇を持つ洞窟であり、それがまたブロントの好奇心を刺激する。「行こう」その一言が飛び出すまでにそれほど時間は必要としなかったのはある意味で必然だったのだろう。しかし、何の準備もなくそこに入る事に、マゼンダは抵抗を感じた。正直に言って少し怖かったのである。普段はおとなしく、微笑みの絶えないテミまでもが、その表情に一抹の不安を表現していたのだから、女の子としては当然の反応だったのかもしれない。ただ、相手が悪かったとしか言いようもないだろう。「怖いの?」の一言がマゼンダを奮起、もとい引き返す事が出来ない状態へ引き込む結果となり、一行は洞窟の中へ進んでいくのであった。どうあっても、ブロントに屈するのだけは、どうしても心地が悪い、所謂プライドが許さないと言う事でる。その洞窟の口は、誰でも入れるほどに十分に大きかった。



 中に入ると、その不気味さはより一層強く感じられた。水滴の滴り落ちる音は反響し、鍾乳洞を思わせるゴツゴツした岩肌は冷たさを肌に伝える。  来なければ良かった。内心に呟いたマゼンダではあるが、しかし、時既に遅し。ずんずん進んでいくブロントに後れを取るのは癪障り、れがよけい悪い方向へと導いていくのであった。徐々に狭くなっていくその洞窟は、既に屈まなければ通れない広さになっており、先に進む事への不安を一層強めていった。しかし、そうであるにもかかわらず、テミは一言も言わずに付いてきている。私たちが気にかける必要もないくらいに、遅れをとる事もなく、ただ淡々と。このいざというときの精神力の強さは、もしかしたら、いや、おそらくはマゼンダよりも上だろう。そして、好奇心の強さではブロント、負けん気の強さではマゼンダが一品物と言えそうである。

「痛っ!」

 突如として放たれたその言葉は瞬時にして他の動揺を誘った。声の主はマゼンダである。その狭くなった岩肌が、彼女の肌を削ったのである。擦り傷にしては少々範囲の広い傷に対し、血がにじむとはまさにこのことで、じわじわと浮かび上がってくるその液体は痛々しいとはえないまでもヒリヒリしそうであった。今まで感じていた不安と相重なった表情を察したらしいテミは私に対して、「引き返そうか?」と優しく声をかけてくれた。しかし、普段からのその優しさが時として仇となる、そんな事までしっかりと把握しているテミはすぐに「あ、大丈夫だね」と微笑みかけてくれたのも、もう一つの優しさなのだろう。それが、彼女の強さなのだ、と心持ち納得し、負けてはいられないと心を持ち直したのもつかの間、目の前にはただ呆然と立ちつくしているブロントの姿があった。


 一体どうしたというのだろうか。まだヒリヒリする傷をいたわりながらも、その先を見つめた。しかし、見えたのはゴツゴツした岩肌。行き止まり、なのだろうか。ブロントの顔をのぞき込むように見ると、彼はおどけた様子で言ってみせるのであった。

「これ、どうするよ?」

 指さされた先にある物は、人が一人、通れるかどうかという程度の穴であった。そこから風が吹き込んでくる。間違いはない、彼は行く気満々である。そして、私も、引く気はさらさら無い。

「行くに決まってるじゃない」

 不敵な笑みを見せつけてみた。それを見たブロントはにっと笑い、「よし、じゃぁ行こう」とずんと進み出した。大抵の人はここまで来ることなく諦めていただろう。ここまで来た人でも、最後のこの関門を突破できずに終わった人の方が多かっただろう。私は、心配だった。心配するつもりなど無かったけど、その先に何があるのかも分からずに、その危険を冒す事への不安があった。ブロントの体は完全に抜けたようだ。すぐに「お〜い、早く来いよ」と喜々とした声が聞こえてきた。
 私たちはその声に従い、体をよじり、ひねり、かろうじて穴を抜けた。

 そこには、陽光の当たる、エメラルドグリーンの湖のある広い空間があった。







<あとがき>

 その奥に、完結いたしました。

 今回の作品はRUNAさんのリクなんですが、どうでしょうか。最近の作品はどうも終わり方が理解しにくいような感じになってきています;;
 敢えて、中途半端に切って終わってしまう。そう言う事が最近の傾向です。
 小説読むときはこんな切られ方をしたら、もの凄くその先が気になって仕方がないのに、そう言う書き方をするのは、要は自分が読者じゃないからなのでしょうね^^;

 さて、今回の小説は「海へ遊びに行く」で「女同士遊びに行くのに男どもがついて行って」というリクでしたが、海に行ったはずなのに、結局洞窟という何ともリクを成立させる事が出来ているか非常に怪しい物です^^;
 返品可能ですので、もし気に入らなければじゃんじゃん言っちゃって下さい。

 さて、小説の解説ですが、なんと言っても洞窟ですよ。
 分かり易い比喩にするならば「トンネル」
 人生なんて一つのトンネルみたいな物なんじゃないかなと思います。
 人間っていろんなトンネルを通るのだと思います。どんなトンネルを通るにしても、それらは常に入り口より出口の方が狭いのではないでしょうか。
 諦める人も多くいる事でしょう。しかし、諦めずにいれば、いつか必ず。
 そのように人生を信じたい、そう言う気持ちの表れです。ルーさんの受験はまだ結果が出ていないと思いますが、良い結果である事を祈っています。







 むーさん、こと桃燈様からいただきました。
 実は、名目は誕生日プレゼントであったりします。リクをしたのが誕生日以降であったと言う事と、私が受験生であった事もあって今、改めてがっつり受け取らせていただきました。

 何とも意地っ張りで可愛いマゼンダにいたずらっ子気質なブロントに、彼らに振り回されているように見えながら実は誰よりも主導権を握りかけている(ように見える)テミ。
 まぁ、実際は温かく二人を見守ってくれているのでしょうけど。(ひねた見方をしすぎ)
 何ともかわいらしい夏の物語が素敵です。まさに思い出の1ページ、と言うのが相応しい爽やかな作品ですよね。
 素晴らしい作品をどうもありがとうございました!

                             2006年5月2日 転載


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